助けた効によって、褒状《ほうじょう》を貰いました。その褒状は仏壇の抽出の奥の方にしまい込《こ》んで置いて、もう忘れて了《しま》っていたのでした。
 為吉は奥の仏間へ駆けて行って、その褒状を出して来ました。厚い鳥《とり》の子紙《こがみ》に、墨色も濃く、難破船を救助したことは奇特の至りだという褒《ほ》め言葉《ことば》が書いてありました。そして終りに××県知事|従《じゅ》五位勲四等△△△△と、その下に大きな四角な印《いん》を押してありました。
「それから後《のち》には、もう、そんなことはなかったかね?」と為吉は尋ねました。
「漁舟なんかお前、一年に二艘や三艘打ちあげられるけれど、あんなことはなかったよ。」
 父親は、眼をつぶって、昔を思い出している様子でした。

        二

 それから間もなく為吉は再び浜へ下りて行《ゆ》きました。入江には小さな漁舟が五六|艘《そう》、舷《ふなべり》を接してつながれていました。かすかな浪《なみ》が船腹をぴたぴたと言わせていました。夏の暑い日の午後で、丁度昼寝時だったので、浜には誰《だれ》もおらず、死んだように静かでした。ただ日盛りの太陽が熱そうに岩の上に照りかえしているばかりでした。大分《だいぶ》離れた向うの方の入江に子供が五六人海水浴をしていましたが、為吉が、ここに来ていることに気がつきませんでした。
 為吉は暫《しばら》く岸に立って沖を眺《なが》めていましたが、やがて一番左の端《はし》の自分の家《うち》の舟の纜《ともづな》を引っ張って飛び乗りました。船が揺れた拍子に、波のあおり[#「あおり」に傍点]を食って、どの舟も一様にゆらゆらと小さな動揺を始めました。為吉は舳《へさき》へ行って、立ったまま沖を眺めました。
「矢張《やっぱ》り白山《はくさん》が見える!」
 こう彼は口の中でつぶやきました。青い海と青い空との界《さかい》に、同じような青の上に、白い薄いヴェールを被《かぶ》ったような、おぼろげな霞《かす》んだ色に、大きな島のように浮んでいました。白い雲が頂《いただき》の方を包んでいました。
 為吉は心をおどらせました。白帆が二つ三《みっ》つその麓《ふもと》と思われるところに見えました。じっと見つめていると、そこから大風《おおかぜ》が吹き起り、山のような大浪《おおなみ》が押し寄せて来そうな気がしました。あの白帆が、だんだんこちらへ
前へ 次へ
全7ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
加能 作次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング