段に腰掛け仰向《あおむ》けになって了った。浅七は草鞋《わらじ》の紐を解いて両足を盥《たらい》の中へ入れさせた。母は冷《さ》めかけた汁の鍋を炉に吊して火を燃やした。恭三は黙って立膝の上に顋《あご》をもたせて居た。
「恭三! 貴様は何で己の足を洗わんか。」と父は呶鳴った。
恭三は意外に思ったが、何にも言わずに笑って居た。
「己れが帰ったのに足位洗わんちゅう法があるか、浅七がこうして洗うて居るのに、さあ片足ずつ洗え。」
恭三は直ぐ父の命令に服しかねた。けれども又黙って居る訳にも行かなかった。勿論《もちろん》父は真面目にこんな事を言うのだとは思わない。が如何に父が酔って居ても其儘に笑って済ますことは出来ぬと思った。
父は酔った時に限って恭三に向って不平やら遠回しの教訓めいたことを言うのを恭三は能く知って居た。父もまた素顔で恭三に意見することの出来ぬ程恭三は年もとり教育もあることを知って居た。それで時々酔に托して婉曲な小言を言うことがあるのであった。それは多くの場合母に対する義理からであった。母は恭三の実母ではない。だからこの場合に於ても実子の浅七がこうして父の足を洗って居るのに、恭三が兄
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