田圃《たんぼ》の中へきせ[#「きせ」に傍点]転がったぞかい。」と浅七は恭三に向って話した。
 こんな話をして居る時、外から「御馳走がありますか。」と言って這入って来たものがあった。
「誰様や?」と恭三の母は伸び上つて庭の方を見た。
「おれ様や! おやまア、こりゃ何ちゅう煙たいこっちゃいの、咽喉《のど》ア塞《ふさが》って了うがいの。」
「うむ権六さか。何うも早や蚊でならんとこと。お前様たちの所は何うや?」
「矢張居って困ったもんじゃ。」
 こう言つて家の中を覗いて恭三と浅七の居るのを見て、
「お、お前達は見に行かなんだのか。」
「何を。」と浅七が言った。
「彼等《あちら》はお前様、昨夜は夜祭《おたび》を見ね行くし、明日は角力《すもう》に行かんならんさかい。」
「そうや/\、もう弟様らちは若い衆やさかいの。」
「まあ上らんかいの。」
「えんじゃ、そうして居られん。一寸聞きたいことがあって来たのやがな。」と此人の癖であるが勿体《もったい》らしく前置きして、「どうや此家《こゝ》の親爺様《おやっさま》は帰らっしゃったか。」
「まだや/\、今も其話をしとる所やとこと。」
「そうか。うちの親爺もまだ
前へ 次へ
全23ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
加能 作次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング