で、あんまり遅いさかい、どうかと思うて来たのやとこ。」
「えーい。そこな親爺様も行ったのかいね。そうかいね、まあ、こりゃ何ちゅうこっちゃ!」
 恭三の母は如何にも意外だという風に言った。
「まことね、あんな身体して居って、程のあった、何う気が向いたか出掛けて行ったわいね。」
「必然家の恭さんと一緒に飲んどるんやろう。」と浅七が口を入れた。
「そうかも知れん。」と権六の細君が言って、少し気を変えて、「今年の祭は大変賑やかやったそうな、何でも神輿が二十一台に大旗が三十本も出たといね。」
「えいそうかいね、何んせ近年にない豊作やさかい。」
「おいね、然《そ》う言うて家の親爺も、のこ/\と出掛けて行ったのやとこと。もう帰りそうなもんじゃがのう。」
「それでも其家《そこ》の親爺様は幾何《いくら》飲んでも、家の親爺の様に性根なしにならんさかい宜いけれど。」
「そうでも無いとこと、……まあもう暫く待って見ましょう。」
 こう言って権六の細君は帰った。
 それから暫くしてから隣りの六平が子供を連れて帰って来た。先刻迎いに行った女房とは途《みち》が違って遇《あ》わなかったということだった。
「可愛相に、お前はまた何で浜通り来なんだがいの?」と恭三の母は女房に同情を寄せた。
「私もそう思うたのやれど、山王の森まで見に行ったもんやさかい、あれから浜へ戻るのが大変やし、それに日も暮れたもんで内浦通来たのやわいね。」と当惑したという樣子であった。
「そりゃそうと、うちの親爺に遇わなんだかいの。」
「あのう、神輿様が町尽《まちはず》れに揃わっしゃった時ね、飛騨屋の店に権六の親爺様と一緒でござったが、それから知らんなね。」
 六平は引返して女房を迎いに行って来るから子供を暫く見て居て呉れと頼んで行った。三人の子供は恭三の家へ入って炉の傍で土産《みやげ》の饅頭《まんじゅう》を喰い始めた。六つになる女の子が餡《あん》がこぼれて炉の灰の中へ落ちたのを拾って食べた。恭三は見ぬ振りをして横を向いた。
 三十分程たって六平は女房と一緒に帰って来た。恭三の父はまだ帰らなかった。併《しか》し六平の女房と村の入口まで一緒に来たことは女房の話で分った。
 六平の女房が、富来の町から八町程手前の小釜の森の下まで来た時、恭三の父は只一人暗がりに歌を唄いながら歩いて居た。もう此時分は祭見物に行ったものは大方帰って了って、一里の浜路には村の者とは誰にも遇わなかった。亭主や子供に遇わないので如何《どう》したことかと心配しながら淋しいのを堪えて小釜の森まで来た。此処は昔から狐が出るので有名な所である。六平の女房は淋しい淋しいと思いながら行くと向うの方から歌声がするので非常に吃驚《びっくり》した。そしてそれが恭三の父であったので尚更驚いた。恭三の父は足元も危い位に酔って居た。六平の女房を見ると突然、「貴様何しに来た?」と呶鳴ったので女房はヒヤッと飛び上ったそうである。子供を迎いに来たのだと言うと、「馬鹿! 今時分まで何して居るもんか、疾《と》うに帰って了った。富来にも誰も村の者は居らんさかい帰れ帰れ。」と言った。
「己りゃ今時分まで一人何して居ったと思うかい。ふむ、こう見えても一寸も酔って居らんぞ。己れはな。村の奴等が皆帰ったかどうか、ちゃーんと見極《みきわ》めて帰ってきたのじゃ、いくら酔うて居っても、おれは貴様、もしもの事があってはと思うて今まで残って居ったんじゃ。もう富来には誰も居らんぞ。さあ帰ろ帰ろ。」
 六平の女房は後について歩いた。恭三の父は幾度も幾度も仆《たお》れかゝった。
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「あ、酔うた/\、五勺の酒に……
          一合飲んだら…………」
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と唄うかと思うと、
「こら! 嬶さ! 六平の嚊あ! 貴様何しに来た?」といったり、「やあ、小釜の狐、赤狐! 欺されたら欺して見い。こら、貴様等に……馬鹿狐奴が、へむ。」などと出放題の事を言ったりした。
 斯んな風で村の入口まで一緒に来たが、それからは六平の女房に先に帰れと言って承知しなかった。一緒に帰っては間男でもしたと思われるから不可《いけ》ないって戯談を言って、如何言っても動かなかった。こう言つて二人が争って居る所へ六平が行った。六平も種々にすゝめて一緒に連れて帰ろうとしたが、新道の橋の上に坐って居て如何しても動かなかった。多分迎いに来て貰ったと人に思われるのが気に入らぬのだろうと皆が言った。浅七が提灯《ちょうちん》をつけて裏口から出掛けたのを、母は呼止めてやめさした。十分間も経ってから父は帰って来た。
「帰ったぞ、おい旦那様のお帰りやぞ。」と上機嫌に裏口から入って来た。
「お帰り。」
 と母も浅七も同時に言った。浅七は庭へ下りて洗足の水を汲んだ。
「さあ洗え。」
 と父は上り
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