知れねど、手紙というものはそんなもんじゃないと思うのじゃ。同じ暑さ見舞でも種々書き様があろうがい。大変暑なったが、そちらも無事か私も息災《そくさい》に居る。暑いさかい身体を大切にせいとか何とか書いてあるじゃろうがい、それを只だ一口に暑さ見舞じゃ礼手紙じゃと言うた丈では、聞かして貰う者がそれで腹がふくれると思うかい。お前等みたいに眼の見える者なら、それで宜いかも知れねどな、こんな明盲には一々詳しく読んで聞かして呉れるもんじゃわい。」大分優しく意見する様に言った。
 恭三も最早争うまいと思つたが、
「だってお父様、こんな拝啓とか頓首とかお定《きま》り文句ばかりですもの、いくら長々と書いてあっても何にも意味《わけ》のないことばかりですから、そんなことを一々説明してもお父様には分らんと思ってあゝ言ったのですよ。悪かったら御免下さい。」
「分らんさかい聞くのじゃないか。お前はそう言うがそりゃ負惜しみというものじゃ、六かしい事は己等に分らんかも知れねど、それを一々、さあこう書いてある、あゝ言うてあると歌でも読む様にして片端から読うで聞かして呉れりゃ嬉しいのじゃ。お前が他人に頼まれた時に、それで宜いと思うか考えて見い。無学な者ちゅう者は何にも分らんとって、一々聞きたがるもんじゃわい。分らいでも皆な読うで貰うと安心するというもんじゃわい。」と少し調子を変えて、「お前の所から来る手紙は、金を送って呉れって言うより外ね何もないのやれど、それでも一々浅七に初めから読ますのじゃ。それを聞いて己でも、お母さんでも心持よく思うのじゃ。」
「そりゃ私の手紙は言文一致《はなし》で、其儘《そのまま》誰が聞いても分る様に……」と皆まで言わぬ中に、
「もう宜い※[#感嘆符二つ、1−8−75]」と父親は鋭く言い放った。そして其後何とも言わなかった。
 恭三は何とも言われぬ妙な気持になって尚お暫くたって居たが、やがて黙って自分の部屋へ行った。

   祭見物

「お父さんな、まだ帰らんのか。」と浅七は外から這入《はい》って来た。家の中は暗かった。囲炉裏《いろり》の中には蚊遣《かやり》の青葉松が燻《いぶ》って居た。
「まだや。」と母親は漬物を刻みながら無頓着に答えた。
「何ちゅう遅いな、皆もう帰ったのに。」
「もう間がないだろうよ。」と恭三は燃えかゝる松葉を火箸で押えながら言った。煙は部屋中になって居る。洋灯
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