郵便屋に尋ねたのじゃ、そしたら、八重さ所からと、弟様とこから來たのやと言うさかい、そんなら別に用事はないのや、はゝん、八重さなら時候の挨拶やし、弟様なら礼手紙をいくいたのやなちゅうこと位はちゃんと分っとるんじゃ。お前にそんなことを言うて貰う位なら何も読うで呉れと頼まんわい。」
「だって……」
「もう宜い、宜いとも! 明日の朝浅七に見て貰うさかい。さア寝て呉れ、大《でか》い御苦労でござった。」と皮肉に言った。
 こう言われると恭三も困った。黙って寝るわけにも行かぬし、そうかと言って屈従する程淡白でもなかった。こゝで一寸気を変えて、「悪うございました。」と一言謝ってそして手紙を詳しく説明すれば、それで何の事もなく済んで了《しま》うのであることは恭三は百も承知して居たが、それを実行することが頗《すこぶ》る困難の様であった。妙な羽目に陥って蚊にさされながら暫くモジモジして居た。
「じゃどう言うたら宜いのですか?」と仕方なしに投げだす様に言った。
「己りゃ知らんない。お前の心に聞け!」
 今まで黙って居た母親は此時始めて口を出した。
「もう相手にならんと、蚊が食うさかい、早う蚊帳へ入らっしゃい。お父さんは酔うとるもんで、又いつもの愚痴が始まったのやわいの。」
「何じゃ! おれが酔うとる? 何処に己りゃ酔うて居るかいや。」
「そうじゃないかいね、お前様、そんなね酔うて愚痴を言うとるじゃないかね。」
「何時愚痴を言うたい? これが愚痴かい。人に手紙を読うでやるのに、あんな読方が何処の国にあろい?」
「あれで分ってるでないかいね、執拗《しつこ》い!」
「擲《たゝ》きつけるぞ! 貴様までが……」と父は恐しい権幕になった。枕でも投げようとしたのか、浅七は、
「父様《とうと》何するがいね、危い。……この母様《かあか》また黙って居らっされかア。」と仲裁する様に言った。
「まるで心狂《しんきょう》のようやが。」と母は稍々《やゝ》小さな声で言った。
 奥の間の方から猫がニャンと泣いてのそ/\やって来た。それで父親は益々《ます/\》癪《しゃく》に触ったと見えて、
「屁糞喰らえ!」と呶鳴《どな》りつけた。
 母と弟とはドッと笑い出した。恭三は黙って居った。猫は恭三の前に一寸立ち止って、もう一度ニャンと啼いてすと/\と庭に下りて行った。父親は独言の様に、
「己りゃこんな無学なもんじゃさかい、愚痴やも
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