横岳へ取付いてすぐ二カ所岩にかじりつくところがある。しかしどっちも低いし、落ちても安全なところである。横岳は殆んど東側ばかりを歩いた。さほど悪いと思われるところはない。横岳の下りで、新雪の急斜面を横切るとき、ミシッと言って大きな割目ができたので、ヒャッとして夢中で元の方へ這い上った。ここは今ちょうど太陽が直射していて深く潜るところであった。そこでこんどはズッと上の方を偃松や岩角を掘り出し、これを手掛りとして通った。この辺から見た赤岳はとても雄大である。鞍部にある赤岳の小屋は戸口に雪がつまっていて入れそうにない。風は止んでズッとあたたかくなってきた。そして午前十一時十分憧れの頂きに立った。三年前の九月一日に権現岳からここへやってきたとき、一月などにこの頂きに立てようとは夢にも思わなかったが、何と幸運なことだろう。昨日までの苦心はこれで完全に報いられた。さあベルグハイルを三唱しよう、歌も唄おう、四囲の山をもう一度ゆっくり眺めよう。そうして北の山を眺めていると、乗鞍へ向った先輩のことが頭に浮んでくる。今あたり乗鞍の頂きに立って、エホーと声をかけているのではなかろうか、何だかそんな気がする。早
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