まま本沢温泉へ下ってみる。番人がいたら御馳走をしてもらうつもりだったが、あいにく留守でがっかりした。峠からこの温泉までは森林帯でさほど危険でないが、スノウ・ボールが落ちるほど急なところが多く西側とは段違いだから、スキーのうまくない人はシールをつけて下ってもさほど時間は変らないと思う。しかし温泉附近はとてもいいスロープがある。硫黄岳から天狗岳への山稜がモルゲン・ロートに燃えだして素敵だ。急いで峠に引返し硫黄岳へ登る。相当上までスキーは使えるが、風が強いので昨日登ったところでスキーをアイゼンに変え、偃松帯へ入ってちょっと泳ぐともう雪は堅くなっている、アイゼンで気持よく歩ける。風はとても強いが、天気がいいので安心して登る。硫黄岳の頂きで初めて見た冬山の大観。それは僕には一生忘れることのできない一大驚異であった。頂きはとても寒いので長く立ってはいられぬ。急いで横岳へ向う。硫黄岳と横岳の鞍部では風のため二、三度投げ出された。顔と手の寒いことよ。スキー帽の上に目出し頭巾を冠り、その上を首巻でグルグル巻いているのに、風の強く吹いてきたときは痛いと思うほど寒い。顔と手は皮の物を使わなければ駄目らしい。
前へ 次へ
全233ページ中94ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
加藤 文太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング