ない静かな街道を一人トボトボ歩いていると、初めての冬山入りの淋しさがしみじみ身にしむ。駅から泉野村小屋場まで定期に自動車が通っている。スキーをかついで新田のあたりを登っていると、それらしい自動車が下りてきた。小泉山の下で東の空に判然と浮んだ真白い八ヶ岳の連峰に驚きの目を見張る。この道の最後の村である上槻ノ木で温泉の様子を聞く。今年は経営主が変ったため番人がいないことや、温泉までの道も左へ左へと登って行くことを教えられた。僕は本沢温泉の方は一度歩いたことはあるが、この道は初めてなので心配していた。魔法瓶に湯を入れてもらって出発し、だいぶ奥まで木を引き出す馬の歩いた跡を伝う。左へ左へと登ったため、地図の道と離れて鳴岩川に近い方を歩いた。一四〇〇メートル辺でスキーを履き、一四六七メートルを乗越して地図の道に入った。スキーは五寸くらい沈み睡眠不足がこたえてくる。しかし積雪量が少ないので夏道がよくわかるし、後を振り返るたびに真白い南の駒や仙丈、さては中央の山々、北の御嶽、乗鞍等が次々に現われて慰め励ましてくれる。鳴岩川の対岸に温泉でもできるのか大工のノミの音がこだましてくる。エホーと声をかけてみ
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