真黒だったスキー靴も、寒さのため瞬く間に黄色く変り、足の指がズキズキと痛みだしたときはさすがに彼もたじたじとしました。けれど次の瞬間彼は吹きあげてくる西風へ向って猛然と突進して行きました。睫毛は凍り、顔は強ばり、手の指は感じがなくなり、呼吸もくるしい。けれどAはひるみませんでした。谷に迷い、尾根を登り、長いあいだ一生懸命に闘った。そしてやっと姥ヶ石の附近まで下ってきました。その頃から天候は恢復しだして雪は止むし、風もだんだん弱くなってきました。やがて追分の附近へきた頃は霧も晴れて、雪雲が頭の上を盛んに飛んでいるだけでした。そしてAは無事に弥陀ヶ原を横断し、弘法小屋へ着きました。ここで彼はコッヘルを使用して遅い昼食をし、大急ぎでまた下って行きました。桑谷ではちょっと道を間違えてうろうろし、また材木坂の急斜面に時間をくわれましたが、難なく藤橋へ下ることができました。やっと安心したAは藤橋ホテルで久し振りに満腹して、動くのも嫌なくらいでしたが、明日は会社へ出なければなりませんので、また勇をこして暗い夜道を急ぎました。
藤橋から少し下ったところは雪崩の跡で道が殊に悪くなっていました。芦峅でい
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