が何も見えません。ただ三角点が雪の降るのに、知らぬ顔をしているばかりです。喜作新道の別れ道にきました。すると案外にも岸様の足跡が槍に向っています。さては槍に行く気になったのだなと思って、私も元気になり大急ぎで追って行きました。やっと西岳の小屋へきてみると岸様は薪を集めていました。よく話してみると道を間違えてここへきたとのことです。私がここへ着いたのは午後五時頃で小屋は開くようになっていましたし、茣蓙《ござ》や天幕等もあり、火も難なく焚けましたので、着物等を乾かし九時頃寝ました。夜は風も強く雪も少しずつ降っているらしい音がして不安でしたがよく寝られました。
十七日午前五時過ぎ起きて外へ出てみると、ちょっとのあいだ雲がはれて雄大な槍、穂高連峰が見えましたし、雪も思ったより積っていないので大変嬉しかったです。岸様は一日で下山の予定で飯を持っていませんから、私の残りをおかゆにして一緒に食い、七時過ぎここを出発しました。途中空腹と雪に悩まされました。一つは私が今日から新しい靴を履きましたが、これが大変重いのも原因だったのでしょう。ようやく持っている菓子や水で元気をつけ、殺生小屋へ着いたときはほ
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