く、風が強く合羽を取られそうだ。途中で道らしいものに出て、午前七時聖岳の絶頂に登った。海抜三〇一一メートルもあって南アルプス南方の重鎮だ。そこには御料局の三角点がある。そして聖岳の三角点はここから六町くらい東山稜を下ったところにあり、これへ行く途中、残雪の下からうまい水が出ている。霧は晴れぬがときどき雄大な渓谷を見せる。引返し大変苦しんで、やっと極めたこの聖岳に別れて下る。途中まだ羽根の白い二羽の雷鳥を見た。道は尾根の右側を巻いて姫小松の中を下って行く、露営地へ下り、荷物を持って一夜の宿に名残りを惜しみつつ兎岳―大沢岳―百間洞と急ぎ赤石岳へかかった。風雨は強くなり、身体は疲れなかなか捗らぬ。やっと赤石岳へ着いたのは午後五時四十分で、今日松高山岳部の連中が登った名刺が私が入れた罐に入っている。元気を出して小赤石―剣が峰と縦走し、ここの雪渓をまっすぐに大聖平へ下り右往左往して、やっと小屋へ着いたときは午後七時十五分であった。ここの小屋でも私は火をたくのに苦しめられ蝋燭の火を抱えたまま夕食も食わずに疲れて寝てしまった。翌朝シャツが少し焼けているのに気がついたほどである。
 十四日、山は霧が巻
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