しい。足でも凍傷にかかろうものならほんとに動けなくなるかも知れない。そうだ全く忘れていた――「なんのために山にきたのか」ということを。自分は「山と闘うためにきた」のではないか。なぜ岩を恐れ、氷を恐れ吹雪を恐れてこれらの姑息《こそく》な手段を考えるのか。吹雪の日の涸沢岳の尾根こそ久しく求めて止まなかったところではないか。さあ立ち上がろう、立ち上がろうと勇を鼓して吹雪をついた。
B 前穂高北尾根(昭和九・四・三)
前穂高北尾根第三峰のチムニーの中に掘った雪のトンネルで岳友吉田君と二人、場所柄実に寒い露営地で一夜を過した思い出である。
この日は早朝朝焼けがしていて、間もなく天候が崩れることはわかっていたが、尾根へ出れば吹雪いたとてひとすじ路のうえ、雪崩の心配もないのだからと思い切って出発した。この年(昭和九年の春)は恐ろしく大雪が降った年で、四月の三日にもなっているのに真冬と同様の天候がつづき、涸沢谷の雪は昨日一日の快晴にもなんらの変化をみせないほどで、涸沢谷の下りは実に愉快であった。その代り、スキーをぬげばワカンをはいてなお腰までももぐり、五、六の鞍部への急な登りにはピッケ
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