を尋ねたり、若桜スキー場へも行ってみた。
 そんなこととは少しも知らず、私は山との別離を惜しみながら、ぶらぶらと下ってきて初めて駅の助役さんからそれを聞き、ほんとに驚いてしまった。いくら山に迷えるとはいえ、病気の父にこれほどまでも心配をかけるとは、なんという不孝者であろう。こんな者こそいい加減に山の中で死んでしまえばよいのに。
 けれど父は無事に帰ってきた私の顔を見ては嬉しさの余りものもいえないほどだった。そしてこんなに病気で困っているのだから、たびたび帰ってきてくれと繰返し繰返し言っていた。
 その後私は氷ノ山から扇ノ山を越して見舞いに帰ろうと思って何度も八鹿へ下車したけれど他に氷ノ山の方へ行く人がなく、一人では自動車が大変なので止めたり、氷ノ山へ登っても雪の状態が悪くて一日では扇ノ山まで行けそうにないので引返したりした。三月の終りになってやっと一度機会を掴み、氷ノ山―陣鉢山―三ツヶ谷―仏ノ尾―扇ノ山と縦走して海上に下ったが、意外に時間がかかって故郷の浜坂へついたのは夜中であった。それでも折角見舞いに帰ったのだから朝までは父のそばにいた。父はこれから帰っても大して仕事はできないのだか
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