穂高を縦走したときは相当風雨も強かったが、大変道がよくなっていたので無事縦走することができた。夜中には小屋の屋根が飛んでしまうかと思うほど風が吹いたと穂高小屋の人が言っていたが、私は少しも知らぬほど安らかに寝られた。これが昔であれば、私はどうなっただろう。日本アルプス登山案内に穂高に登るは天に登るより難しと形容して書いてあるが、その頃から見れば穂高もだいぶ俗化したようだ。次に穂高小屋からの葉書を紹介する。「謹んで新年を迎へ奉り併せて高堂の万福を祈上候|燦《さん》として輝く新春の光に白雪を頂くアルプスの連峰雲上遥に諸賢アルピニストの御健康を祝するが如く仰ぐも荘重の気全身に満るを覚え申候、目出度き歳旦に諸賢の登山御計画を拝想するは神山を仰ぐ者の非常の喜びに候、顧ればアルプスの登山は年と共に激増し哦々《がが》重畳たる連山も我等が山の感を抱かせ申す程に候、是れ一重に諸賢登山家の御努力の致す所茲に小生有志と計り最嶮処なる穂高諸峰の踏破を容易ならしめんと穂高小屋を計画し昨夏完成を見るに至り食料品寝具の充備は勿論ストーブをも新設し安らかなる登山とし幸福なる山境として諸賢の御満足を御期待致し得るは穂高
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