するとのことだ。川原にはまた、猟師の歩いた跡があって、すぐ濁の小屋へ着くことができた。濁の小屋には莚が三枚と畳があるだけで、寝るには寒いので、対岸にある、東信電力の金原氏のところに行って泊めてもらう。非常に親切な方だった。電気炬燵、電気風呂が殊に嬉しかった。
八日は、雪がちらちら降っていた。高瀬の谷は物凄い雪崩が出るだろうと思って心配したが、問題になるような物は出ていなかった。しかも人が始終通るので、歩いた方が早かった。大多和の古田氏のところで、大阪の人が昭和五年の正月に芦峅の案内を連れて信州へ越したと聞いた。そのときの山の状態はどんなだったろう。それを今でも知りたいと思っている。また昭和五年の暮に東京の学生が一人で烏帽子へ往復したという。その努力には驚いた。ブナ立尾根の登りはひどいに違いない。
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初冬の常念山脈
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十一月三十日(昭和五年)晴後雪 六・三五柏矢町 七・四〇―八・〇〇鳥川橋傍茶店朝食 九・二〇大助小屋 一〇・一〇冷沢炭焼小屋 三・〇〇常念乗越沢出合 七・〇〇常念の小屋
十二月一日 晴、強風
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