が、僕が下りていくと、急いで帰られました。小屋に入って水をもらい、ちょっと休みました。皆は、御飯がもう少しもなくて気の毒だと言っておられました。そのとき、松平氏がお菓子を出してあげないかと言われましたが、僕は有難うございます、いろいろご厄介になりましたと言ってお別れし、一人で、別山を越えて帰りました。このときは、この前ほど淋しくはありませんでした。それは劔には登れなかったが、行けるところまで行き、なすべきをなしたという気持からでしょう。しかしこれが最後のお別れだと知っていたら、どんなに僕が悪人であろうと、必ず声をあげて泣いたでしょう。
四日の朝はどんよりと雲っていましたので、悪くなるなと思って急いで支度をし、室堂から出ました。窓のところは元のようにトタンを抑えつけ、その上に筵を掛け、できるだけ完全に閉めたと思います。立山と室堂へお辞儀をして下って行きました。天狗平を右下に見て高廻りし、弥陀ヶ原に斜滑降で下ります。窓に寄って、薬師から五色ヶ原を背景として温泉の谷を写真にとりました。弘法でちょっと休んですぐ下り、桑谷で迷っているうち、偶然にも誰かのシュプールを見いだし、ほっとしてそれに従
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