って下りました。後で知ったのですがこれは同志社の児島氏のパーティのシュプールで、児島氏のパーティもちょっと迷って困っているとき、僕のシュプールを見つけて登られたそうです。ちょうどここで行き違いになったのです。エーホーと声をかけてみましたが、遠く離れているのか返事はありませんでした。この時分から雪が盛んに降りだしましたが、もう道を迷うこともなく呑気でした。材木坂はスキーを脱いで下りました。藤橋に着いたときは疲れて千垣まで歩く元気が出ませんでした。
 五日の朝はちょっとのあいだ雪が降っていました。そして材木坂のブナ林が新雪で綺麗に飾られていました。芦峅の佐伯暉光氏のところに寄って、小屋料を渡しました。去年の三月弘法に泊った分も一緒に。そして千垣に着いたのはお昼でした。
 幾度登ってみても、あの立山は変らない。だが、もう二度と再びあの人等にお会いすることができなくなったとは、たとい僅か数日の交りであったにしてもなんという悲しい思い出だろう。山で会った人と人との懐しさ!
 ああ今はなき先輩諸兄よ、スキーよ、山よ、シーハイル、シーハイル!
[#地から1字上げ](一九三〇)
[#改ページ]

厳冬
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