が君は先に帰ってくれませんかと言われました。そのとき僕は考えた。今きたところ、あの急斜面、しかも右手温泉側はドカッと落ちているあそこがどうしてスキーの下手な僕に安心して下れようと。今ではあんなところはスキーを脱いで下ればよかろうと思っていますが、あのとき僕はハアと答えたもののあの人等の下られる松尾峠の北斜面を横目にみながら後戻りする力はありませんでした。そこで理由を話して一緒に写真に入るのが困るんだったら僕は写真に写らないようにズッと後から行きますと言えばよかったんだが、それだのに僕にそのただ一言いうだけのほんのちょっとの勇気がどうしても出ないのです。それがいつでもなんです。ほんとに自分でも情なくなるのです。しかしここで彷徨しているのは一層いけないと思って反対の西の方へ尾根を歩いて行ったのです。田部氏がそこらを歩き廻って足跡をつけてはいけないと言われるのを後の方へ聞きながら辷ってしまいました。そのときは別に悪いことをしたとは思いませんでした。あの人等は北斜面を辷られのだし、僕は温泉に下る急な広い尾根になっている真白い斜面を左下に見ながら真西に辷ったのですから。それでかなりあの人等が気を
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