それが見る間に拡がって上昇を始め、たちまち山も谷も辺り一面を包んでしまうこともある。だが、普通は南々西の方に雲ができて、それがだんだん南風に運ばれてきては知らぬ間に消えているうちしばらくすると上空が白く曇ってくる。こうなれば全く天候は崩れてきた訳である。朝焼けのするのは上空が曇っている証拠であるから、朝焼けも荒天の前兆である。そしてこの上空にできた雲はすぐ下ってきて雪になる。
 以上の二つの場合を連絡してみると、雪の降り方がだんだん減って、雲が薄くなり始め――全く雲や霧が消えて晴天になり――中空にポーッと綿のような雲ができてそろそろ天候が崩れ始め――上空が白く曇ってくると、もう全く天候は崩れてすぐ雲は下って雪を降らすということになる。だから最初の雲や霧が薄くなり出して隙間に青空の見え出したときに登山を開始するのが最も安全な訳である。

    雪崩について

 降雪――普通降り始めは湿雪でだんだん乾燥雪に変って降雪が止む。雪質が乾燥しているほど雪崩れやすく、また風等の外力の影響を感じやすい。しかも雪崩の速度も早く、傾斜のないところまで飛んで行って被害を及ぼすものである。だから降り始めよりも、降雪の止む頃の方が危険である。冬の降雪はたいてい一日くらいで止むが、稀には三日もつづくことがある。この場合こそ最も大きな雪崩の出るときである。故に日数の都合で降雪中の登降を試みるなら、雪の降り始めに行うべきで、決して降雪の止む頃に敢行してはならない。
 降雨――雨量が少量の場合は湿雪の降ったのと同様、概して雪崩を誘起しないが、多量のときは積っている雪の中まで浸潤して、その雪を湿潤雪とし最後には粒子のあいだを流れて滑剤となり、恐るべき雪崩発生の原因となる。冬期に降雨のあることは稀であるが、それでも一月に一、二度はあるらしい。雪崩の起るのは多く急傾斜のところで被害も緩傾斜のところへは及ばないようである。そして積雪量の少ないところは底雪崩となりやすいから地肌にも影響される。
 降雨直後の晴天の日は、冬から急に春に変ったと思われるほど暖い日でない限り、すなわち普通の冬期の晴天なら雪崩は他のいかなる場合よりも少ない。相当の粉雪量が積った上に風、日光等で丈夫なクラストを作っている場合は、それに雨が入り込むと中の粉雪は湿雪に変って容積が少なくなりクラストの下に中空を形成するから、もし表面のクラストが溶けて破れるほど気温が上昇すれば、雪崩発生の原因となる訳である。しかしこれほど気温の上昇する日はそれが降雨直後でなかったらなお一層激しい雪崩日であろう。とはいえ降雨直後は往々かように暖いと思われるほどの晴天の日があるものだ。
 曇り日や霧の日――こんな日には風でもひどくない限り余り雪崩は起らない。これが降雪直後であっても気温等の変化が急には起らないので、雪は徐々に旧雪に変る。多くは晴天後のことなので全く雪崩から解放されているといってよい。
 以上のような日はあまり登山をしたくない。それは危険というよりも晴天の日に比較して不愉快だからである。そして特に降雪の長くつづいているときと、降雨の日は小屋にいるのが退屈になったからといってスキーの練習等に出ない方がよい。
 快晴の日――冬期でも降雪直後の快晴の日は気温の上昇によつて雪崩れるのであるが、それにしてもそれほど気温の影響を受けるのは日射面でかつ高度の低いところのみである。この場合の雪崩は湿雪雪崩であるから、急斜面にしか起らないうえ、三〇度以下の斜面には流動してこない。そのうえ音が大きく、流動速度が遅いし、春の雪崩とは比較にならないほど小さなものである。だいたいにおいて春期の雪崩と同じような条件で起るが、最初の雪質が粉雪とザラメ雪というようにかなり差があるし、気温は春期とは比較にならないほど低いのでまず問題にならない。この気温や日射によって出る雪崩より降雪直後、まだ霧のかかっているときに風等の外力によって発生する雪崩の方が危険であるから、青空が見え出したからといって登山をむやみに開始してはならない。すなわち降雪が朝方か夜中に止んだ場合は、翌日太陽が出るとぐんぐん気温が上るから、明るくなってから出発すれば危険な粉雪雪崩に逢うことがないし、夕方雪が止んだ場合はすぐ出かけるのは危険だから相当時間をおいて、朝方出発するように気をつけなければならない。
 以上天候と雪崩を総合してみると、晴天の終りから曇天にかけて登山をすれば一番安全であるが、曇天のあいだの長さが一定していないので、やはり晴天の初めが朝であるならすぐ出発し、夕方なら翌朝早めに出発する。また雪崩の方は南向斜面を注意すればよいであろう。


    道具について

 上下つづいた防水布の服――冬期は大変風が強いので風通しのよい物はなにほど着ても駄目だ、やはり風を防
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