へ扇ノ山が、東に兵庫県の群山、西に鳥取県の群山、南に乗鞍、御嶽等が絵のように淡く見えます。私は杭を打込んで雄大なこの眺望と別れて淋しく同じ谷を下って行きます。十一時戸倉へ帰りました。そして山々へ名残りを惜しみつつ若杉峠へ登って行きます。あの焼はノロリとした大きな頭を後の方に見せています、私は帽子を取って頭を下げずにはいられませんでした。そして播磨から但馬へと急に下って行きます。ここから八里くらいも歩いたことでしょう、私を乗せた汽車は午後九時五分、養父《やぶ》駅を離れて行きます。私はアア兵庫アルプスよ、四〇〇〇尺よ、アア御嶽よ、乗鞍よ、焼、また会う日までと泣かずにはいられませんでした。
[#地から1字上げ](一九二七)
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兵庫槍―大天井―鷲羽登山

 五月二十八日、午前〇時三十九分私は山陰線|八鹿《ようか》駅に下車し兵庫梓川を七里余も上って福定という村へ着いた。兵庫槍は前に大きく聳えて頂きにはなお雪が残っている。村から別れて深い谷へ入って行き右に水は少ないが、ちょっと高い滝と左に瀬のような滝が落ち合っているところから急に登って行く。ちょっと登り切ったところに立派な新しい堂がある。後には大天井が気持のよい頭を見せているし妙見もなかなか大きく見える。大森林の下を通って海抜四一三二尺もある峠へ登った、鳥取営林署、氷ノ山国有林の立札がある。驚いたことには両側の山へ道がついていることだ。これを槍へ登って行くところどころ頂上までの距離を量った杭が打ってある。途中に熔岩のような岩が出ているところへ登ると南を除くすべての眺望が開ける。なお登って槍頂上に着いた。ときに午前九時、頂上は三尺くらいの小さい竹が生えているきりで南には兵庫穂高から焼―乗鞍―御嶽等、西には東山等の鳥取群山、北には扇ノ山―兵庫立山―鷲羽―白馬―大天井等、東には妙見―須留ヶ峯―藤無山等遠く千町ヶ峯やスキーの山段峯までも見えて眺望雄大、鳥取営林署の「火を注意せよ」……等書いた立札が倒れている。二、三の杭には登山者の名前が書いてあり、そこには海抜四九八三尺の綺麗な三角点がある。神戸山岳会会員加藤の杭を打って万歳三唱、雄大な眺望に名残りを惜しみつつ下る。大久保から兵庫大天井へ向って牧場へ行く広い道を登る。がらんとした大きな家を通って八五〇メートル以上の野原に出る。これが夏は牧場、冬はスキー場だ。これを横切っ
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