御嶽を俚称道仙寺と言うのだと聞き、小才田と言うところから兵庫県へ向って深い谷を上って行きます。この谷は植林してあってだいぶ奥までいい道があります。しかし海抜一〇〇〇メートルあたりから道は通れぬようになりました。そこで御嶽の前山(岡山県の山)大海へ、熊笹からスズ竹へとラッセルして行きます。なかなかひどい竹で一時間五町も進めません。ところどころ雪も残っています。尾根へ登って南へ縦走して行きますと一尺くらいの小さい竹と草が生えているだけの素敵なところへ出ました。ここは大海の肩です。北の方に兵庫槍が残雪に蔽われて真白に見えます。右に乗鞍が、左に鳥取県の東山や沖ノ山が聳えてなかなか深山的な眺望です。大海の頂上へ登りました。頂上には古い杭が打ってあります。私はそこらの草を急いで除けてみました。オオそこには一二八〇メートル七の三角点が三十年も風雨に曝されて落葉の下に眠っていたのです。そして今私の手によって数年ぶりにお陽様に照らされ嬉しそうにしているではありませんか。私は万歳を三唱しました。そして神戸山岳会員加藤文太郎と書いた小さい杭を打込みました。大海の南の尾根は遠く延びて兵庫御嶽へつづいています。また私はこの尾根のスズ竹の中へ入って行きます。二間くらいもある竹が隙間なしに生えているのですから方角はわからぬし、ラッセルするのに大変力がいり腕も足も非常に疲れます。ところどころ大きな木も生えています。この中を三時間余も縦走して御嶽の端に取付く前、竹を焼いて今ヤッと植林したばかりの東側の山腹へ出ました。それを五町くらい進んで尾根へまた登り縦走して行くと道がありました。このときはほんとに嬉しかったです。それを進んで午後五時半道仙寺の頂上へ登りました。岡山県の禁猟区の杭と兵庫県の国有林の杭が打ってあります。実にこの頂上こそ海抜一三四四メートル六の標高を有し、兵庫アルプス南方の重鎮兵庫御嶽の絶頂であります。オオそこには三角点が苔むしているではありませんか。私は貧弱な杭をまた打込んで、万歳三唱をしました。かく今日のコースはこの思わぬ道があったため大変助かったのです。そして無数の山を眺めながら愉快に下って行きます。六時半頃西河内の宿屋へ着きました。眺望のよかったこと、大変苦しかったこと等疲れた頭の中を走って行きます。そしてこの夜は静かに更けて行きました。
 三十日午前六時兵庫乗鞍へ向って宿を出ま
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