槍沢にも横尾谷にも近いので山へ登るにはいい地点だ。

    槍沢

 横尾の出合から一ノ俣まで、ラッセルと高廻りで少し悪いが、一ノ俣から上は一ノ俣と二ノ俣の橋さえ完全なら楽だ。これらの橋も雪溶期は流されることがあるようだが新雪期は大丈夫だろう。川は赤沢岩小屋辺から完全に埋っている。槍沢の小屋まではスキーが相当沈むが、この小屋から上は風が強いので雪がよく締っていてアイゼンに変えてもいいくらいだ。三、四月頃のように表面だけクラストになっていて、スキーは横辷りし、アイゼンなら一尺も二尺も潜る等という雪とは違うので、スキーの上手な人は槍の肩までスキーを使うことができるし、アイゼン党はアイゼンでドンドン登ることもでき、夏より楽だろう。雪崩は新雪のものがたいてい谷から押し出している。大喰岳と槍の肩から出たのは大きな奴で、大槍の小屋のちょっと上までも押し出していた。新雪期は雪の降っている日に出るらしい。小屋は槍沢も大槍も殺生も槍の肩もみな屋根だけは出ている。そのうち大槍の小屋は風が強いので一番よく出ていた。槍肩から吹き下ろす風の強いのには驚いた。東鎌尾根や横尾を吹いて行く音の物凄さといったら身顫いするほどだ。顔と手はどうしても皮の物を使わねばならぬと思った。鼻と口のところは呼吸をするので、それが凍って凍えそうだ。槍肩は西から吹き上げた風がすぐ槍沢へ吹き下ろすので、雪庇はできないらしい。槍の穂についている雪は凍っていないし、また雪崩を起すような軟かい雪でもなく、アイゼンでちょうどいいくらいに締っている。しかし傾斜が急なので手掛りのあるところでないと不安だ。それでほぼ夏道を右に見て、南向きの岩尾根を登り、頂上附近で夏道に上った。頂上は肩や槍沢等よりズッと風が弱く、長くいてもさほど寒くない。雪も少ししかなく、祠も三角標石も完全に出ている。子槍と大喰岳のあたりがときどき見えるだけで、霧のために冬山の大観は得られなかった。
 二月頃は快晴という日は一週間に一日くらいしかないようだ。しかし十四日と十五日に朝四時頃星が出ていたし、雪もちらちら降ってくるという程度であったから、晴天のうちかもしれない。
 槍沢の雪は僕の歩いた二日ともアイゼンでちょうどいいくらいに締っていたから、こんな日は雪崩の心配はないらしい。
 上高地は弥陀ヶ原のように凄く吹雪かないから、遊び半分に行ってもいいと思う。

 
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