立山

[#ここから18字下げ]
三月十七日 快晴 千垣九・二〇 藤橋一一・三〇―一二・一五 材木坂頂二・四五 弘法六・三〇
[#ここで字下げ終わり]
 雪は千垣で二尺、藤橋で四尺くらいはあった。藤橋まで人の歩いた跡があるのでスキーはかつぐ。藤橋には土木工事の人がいつでもいるが、ホテルの番人は一、二月頃はいない。材木坂は森林帯だから危険はないが、天気がよかったのでスノウ・ボールがドンドン落ち、気味が悪い。スキーの下手な僕は三月の立山の嶮は材木坂ではないだろうかと思った。この坂を登りきってからは、スキーは一寸くらいしか沈まないので楽だ。富山高校の人が立山に登り、三日ほど前に下りてきたというシュプールが残っているし、積雪期は見通しがきくので道を迷うことは少ない。薬師から大日までの山がアーベント・グリューエンに燃えて素敵だ。弘法小屋は屋根がちょっと出ているだけで、南側の小さい窓から入る。毛布がたくさんあるので火は焚かない。水は小屋の中の炊事場に流れている。

[#ここから18字下げ]
三月十八日 晴 弘法五・四五 室堂九・一五 雄山神社一一・〇〇 弘法一・三〇―二・〇〇 材木坂頂三・四五 藤橋六・〇〇 千垣七・五五
[#ここで字下げ終わり]
 今日もいい天気だ。フライ饅頭をウンと食って出かける。雪はウインド・クラストになっていてラッセルは楽だ。鍬崎山がモルゲン・ロートに燃えている。天狗平で真白い雷鳥(目や嘴や尾の一部は黒いようだが)が白樺の枯木に止って連れを探して鳴いている情景は冬にはとても見られぬ。室堂の北側はスカブラになって土台まで出ている。この辺の積雪量は去年の五月(大木君、永楽君と来た)と変らない。一ノ越の少し下でアイゼンを履く。尾根はアイゼンでちょうどいいくらいの雪がズッとつづいている。風が少しもないので暑い。雄山神社の雪のツララが溶けて落ちるくらいだ。乗鞍以南は春霞で見えぬ。笠、黒部五郎、薬師等は真白だが、槍、穂高、後立山の連峰は思ったより黒い。帰りは雪が溶けてあまり辷らなかった。天候も崩れそうだし、予定より早く弘法に帰れたので、荷物をまとめて山を下る。風が少し出てきて天狗平の尾根は小さい雪煙を上げている。森林帯に入ってから佐伯八郎ほか三名を連れた三人のパーティの登ってくるのに出会う。また材木坂には時間を食われる。藤橋でスキーを脱ぐ。二日間の晴天でこの辺
前へ 次へ
全117ページ中54ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
加藤 文太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング