目をお覚《さ》ましなさるぐらいで……」
「お上さんが出なさるとね、じき佃の親方が見えましたよ」と若衆の為さんが言った。
「おや、そう。それでいつ阿父さんは帰ったね?」
「つい今し方帰っておいででした。何ですか、昨日の話の病人を佃の方へ移すことは、まあ少し見合わせるように……今動かしちゃ病人のためにもよくなかろうし、それから佃の方は手広いことには手広いが、人の出入りが劇《はげ》しくって騒々しいから、それよりもこっちで当分店を休んだ方がよかろうと思うから、そう言ってたとお上さんに言えってことでした。明日は朝からおいでなさるそうです」
 お光は頷《うなず》いて、着物着更えに次の間へ入った。雇い婆は二階へ上るし、小僧は食台《ちゃぶだい》を持って洗槽元《ながしもと》へ洗い物に行くし、後には為さん一人残ったが、お光が帯を解く音がサヤサヤと襖越《ふすまご》しに聞える。
「お上さん」と為さんは声をかける。
「何だね?」と襖の向うでお光の返事。
「お上さんはどこへ行ったんだって、佃の親方が聞いてましたぜ」
「…………」
「私《わっし》ゃ金さんてえ人のとこへ遊びにおいででしょうって、そう言っときましたぜ」
前へ 次へ
全65ページ中58ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 風葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング