変だぜ、店の方も打遣《うっちゃ》らかしにして、いやにソワソワ出歩いてばかりいるが……」
「なあにね、今日は不漁《しけ》で店が閑《ひま》だから、こんな時でなけりゃゆっくり用足しにも出られないって」
「へ! 何の用足しだか知れたものじゃねえ、こう三公、いいことを手前に訓《おし》えてやらあ、今度お上さんが出かけるだったらな、どうもお楽しみでございますねって、そう言って見や、鼻薬の十銭や二十銭黙ってくれるから」
「おいらはそんなことを言わなくたって、お上さんにゃしょっちゅう小使いを貰《もら》ってらあ」
「ちょ! 芝居気のねえ野郎だな」と独言《ひとりご》ちて、若衆は次の盤台を洗い出す。
 しばらくするとまた、「こう三公」
「何だね? 為さん」
「そら、こないだお上さんのとこへ訪ねて来た男があるだろう……」
「為さんはまたお上さんのことばっかり言ってるね」
「ふざけるない! こいつ悪く気を廻しやがって……なあ、こないだ金之助てえ男が訪ねて来たろう」
「うむ、海に棲《す》んでる馬だって、あの大きな牙《きば》を親方のとこへ土産《みやげ》に持って来たあの人だろう」
「あいつさ、あいつはあれ限《ぎ》りもう
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