。もっとも、四五年前にも同じ病気に罹《かか》ったのであるが、その時は急発であるとともに三週間ばかりで全治したが、今度のはジリジリと来て、長い代りには前ほどに苦しまぬので、下腹や腰の周囲《まわり》がズキズキ疼《うず》くのさえ辛抱すれば、折々熱が出たり寒気がしたりするくらいに過ぎぬから、今のところではただもう暢気《のんき》に寝たり起きたりしている。帳場と店とは小僧対手に上さんが取り仕切って、買出しや得意廻りは親父の方から一人|若衆《わかいしゅ》をよこして、それに一切任せてある。
 今日は不漁《しけ》で代物が少なかったためか、店はもう小魚一匹残らず奇麗に片づいて、浅葱《あさぎ》の鯉口《こいぐち》を着た若衆はセッセと盤台を洗っていると、小僧は爼板《まないた》の上の刺身の屑《くず》をペロペロ摘《つま》みながら、竹箒《たけぼうき》の短いので板の間を掃除している。
 若衆は盤台を一枚洗い揚げたところで、ふと小僧を見返って、「三公、お上さんはいつごろ出かけたんだい?」
「そうだね、何でも為さん(若衆の名)が得意廻りに出るとじきだったよ」
「それにしちゃ馬鹿に遅いじゃねいか。何だかこの節お上さんの様子が
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