が、どうも見ていて傍《はた》がたまらないのさ」とお光は美しい眉根《まゆね》を寄せてしみじみ言ったが、「もっともね、あの病気は命にどうこうという心配がないそうだから、遅かれ早かれ、いずれ直るには違いないから気丈夫じゃあるけど、何しろ今日の苦しみが激しいからね、あれじゃそりゃ体も痩《や》せるわ」
「まあしかし、直るという当てがあるからいいやな。あまり心配して、お光さんまで体を悪くするようなことがあっちゃ大変だ」
「ありがとう、私ゃなに、これで存外体は丈夫なんだからね」とまずニッコリしながら、「金さん、今日はお前さんいいとこへおいでだったよ。実はね、明日あたりお前さんの方へ出向こうかと思ってたのだが……それはそれは申し分のない、金さんのお上さんに誂え向きといういい娘《こ》が見《め》ッかったんだよ」
「そいつはありがたいね、ははは、金さんに誂え向きの娘《こ》なら、飴《あめ》の中のお多さんじゃねえか」
「あれ、笑談《じょうだん》じゃないんだよ。まあ写真を見せるから……」と立ちかける。
「いや、お光さん、写真も写真だが、今日は実は病気見舞いに来たんだから、まずちょいと新さんに会いてえものだが……」と何やら風呂敷包みを出して、「こりゃうまくはなさそうだけれど、消化《こなれ》がいいてえから、病人に上げて見てくんな」
「まあ、何だか知らないが、来るたび頂戴して済まないねえ。じゃ、取り散らかしてあるが二階へ通っておくれか」
「そうしよう」
そこで、お光は風呂敷包みをもって先に立つと、金之助もそれについて二階へ上る。
新造と金之助と一通り挨拶《あいさつ》の終るのを待って、お光は例の風呂敷を解いて夫に見せた。桐《きり》の張附けの立派な箱に紅白の水引をかけて、表に「越《こし》の霙《みぞれ》」としてある。
「お前さん、こんな物を頂戴しましたよ」
「そうか。いや金さん、こんなことをしておくんなすっちゃ困るね。この前はこの前であんな金目の物を貰うしまたどうもこんな結構なものを……」
「なに、そんなに言いなさるほどの物じゃねえんで……ほんのお見舞いの印でさ」
「まあせっかくだから、これはありがたく頂戴しておくが、これからはね、どうか一切こういうことはやめにして……それでないと、親類付合いに願うはずのがかえって他人行儀になるから……そう、親類付合いと言や」とお光を顧みて、「お前、お仙ちゃんの話をしたかい?」
「いえ、まだ詳しいことは……」
「じゃ、詳しく話したらどうだい?」
「はあ、じゃとにかくあの写真を……」とお光は下へ取りに行く。
後に新造は、「お光がね、金さんにぜひどうかいいのがお世話したいと言って、こないだからもう夢中になって捜してるのさ」
「どうかそんなようで……恐れ入りますね」
「今日ちょうど一人あったんだが……これは少し私《わし》の続き合いにもなってるから、私が賞《ほ》めるのも変なものだけれど、全くのところ、気立てと言い縹致《きりょう》と言いよっぽどよく出来てるので……今写真をお目にかけるが……」と言っているところへ、お光は写真を持って上って来た。
「さあ、金さん」と差し出されたのを、金之助は手に取って見ると、それは手札形の半身で、何さま十人並み勝《すぐ》れた愛くるしい娘姿。年は十九か、二十《はたち》にはまだなるまいと思われるが、それにしても思いきってはでな下町作りで、頭は結綿《ゆいわた》にモール細工の前※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]《まえざ》し、羽織はなしで友禅の腹合せ、着物は滝縞の糸織らしい。
「ねえ金さん、それならお気に入るでしょう?」とお光は笑いながら言ったが、亭主の前であるからか辞《ことば》使いが妙に改まっている。
「そうですね、私《わっし》にゃ少し過ぎてるかも知れねえて」
「そんなことはないけど、写真で見るよりかもう少し品があって、口数の少ないオットリした、それはいい娘《こ》ですよ」
「そんないい娘が、私のような乱暴者を亭主に持って、辛抱が出来るかしら」
「それは私が引き受ける」と新造が横から引き取って、「一体その娘の死んだ親父《おやじ》というのが恐ろしい道楽者で自分一代にかなりの身上《しんしょう》を奇麗に飲み潰《つぶ》してしまって、後には借金こそなかったが、随分みじめな中をお母《ふくろ》と二人きりで、少《ち》さい時からなかなか苦労をし尽して来たんだからね。並みの懐子《ふところご》とは違って、少しの苦しみや愁《つら》いくらいは驚きゃしないから」
「それもそうだし、第一金さんのとこへ片づいて、辛抱の出来ないようなそんな苦しいことや、愁いことがあろうわけがなさそうに思われるがね。それとも金さん、何かお上さんが辛抱の出来ないようなことを、これからし出来《でか》そうってつもりでもあるのかね?」
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