んを取り持とうと思うんだが……」
「女房を? そうさね……何だか異《おつ》りきに聞えるじゃねえか、早く一人押ッ付けなきゃ寝覚《ねざ》めが悪いとでも言うのかい?」
「おや、とんだ廻《まわ》り気《ぎ》さ。私はね、お前さんが親類付合いとお言いだったから、それからふと考えたんだが……お前さんだってどうせ貰わなきゃならないんだから、一人よさそうなのを世話して上げたら私たちが仲人というので、この後も何ぞにつけ相談|対手《あいて》にもなれようと思って、それで私はそう言って見たんだが……どうだね、私たちの仲人じゃ気に入らないかね?」
「なに、そんなことはねえ、新さんとお光さんの仲人なら俺にゃ過ぎてらあ。だが、仲人はいいが……」と言い半《さ》して、そのまま伏目になって黙ってしまう。
「仲人はいいが、どうしたのさ?」
 男は目を輝かせながら、「どうだろう? お光さん」
「え?」
「せめてお光さんの影法師ぐらいのがあるだろうか?」
「何だね、この人は! 私ゃ真面目で談《はな》してるんだよ」
「俺も真面目さ」
「まあ笑談は措《お》いて、きっとこれから金さんの気に入ろうというのを世話するから、私に一つお任せなね」
「そりゃ任せようとも、お前に似てさえいりゃ俺の気に入るんだから」
「およしよ、からかうのは。私のようなこんな気の利かないお多福でなしに、縹致《きりょう》なら気立てなら、どこへ出しても恥かしくないというのを捜して上げるから、ね、今から楽しみにして待っておいでな」
「まあその気で待っていようよ。おいお光さん、談してばかりいて一向やらねえじゃねえか。どうだい酒が迷惑なら飯をそう言おう」
「いえ、もうお飯《まんま》も何もたくさん。さっきから遠慮なしに戴いて、お腹が一杯だから」
「だって、一膳ぐらいいいだろう? 俺も付き合う」
「お前さんはまだお酒じゃないか、私ゃ本当にたくさんなの。それにあんまり遅くなっても……」
「なるほど、違えねえ、新さんが案じてるだろう」
「癪《しゃく》をお言いでないよ! だが、全くのことがね、この節内のは体が悪くて寝てるものだからね」
「そうか、そいつはいけねえな」

     二

 永代橋傍の清住町というちょっとした町に、代物《しろもの》の新しいのと上さんの世辞のよいのとで、その界隈《かいわい》に知られた吉新という魚屋がある。元は佃島の者で、ここへ引っ越して来てからまだ二年ばかりにもならぬのであるが、近ごろメッキリ得意も附いて、近辺の大店《おおたな》向きやお屋敷方へも手広く出入りをするので、町内の同業者からはとんだ商売|敵《がたき》にされて、何のあいつが吉新なものか、煮ても焼いても食えねえ悪新だなぞと蔭口《かげぐち》を叩《たた》く者もある。
 けれど、その実吉新の主《あるじ》の新造というのは、そんな悪《わる》でもなければ善人でもない平凡な商人で、わずかの間にそうして店をし出したのも、単に資本《もとで》が充分なという点と、それに連れてよそよりは代物をよく値を安くしたからに過ぎぬので、親父《おやじ》は新五郎といって、今でもやっぱり佃島に同じ吉新という名で魚屋をしていて、これは佃での大店である。
 で、店は繁昌するし、後立てはシッカリしているし、おまけに上さんは美しいし、このまま行けば天下泰平吉新万歳であるが、さてどうも娑婆《しゃば》のことはそう一から十まで註文《ちゅうもん》通りには填《は》まらぬもので、この二三箇月前から主はブラブラ病《わずら》いついて、最初は医者も流行感冒《はやりかぜ》の重いくらいに見立てていたのが、近ごろようよう腎臓病と分った。もっとも、四五年前にも同じ病気に罹《かか》ったのであるが、その時は急発であるとともに三週間ばかりで全治したが、今度のはジリジリと来て、長い代りには前ほどに苦しまぬので、下腹や腰の周囲《まわり》がズキズキ疼《うず》くのさえ辛抱すれば、折々熱が出たり寒気がしたりするくらいに過ぎぬから、今のところではただもう暢気《のんき》に寝たり起きたりしている。帳場と店とは小僧対手に上さんが取り仕切って、買出しや得意廻りは親父の方から一人|若衆《わかいしゅ》をよこして、それに一切任せてある。
 今日は不漁《しけ》で代物が少なかったためか、店はもう小魚一匹残らず奇麗に片づいて、浅葱《あさぎ》の鯉口《こいぐち》を着た若衆はセッセと盤台を洗っていると、小僧は爼板《まないた》の上の刺身の屑《くず》をペロペロ摘《つま》みながら、竹箒《たけぼうき》の短いので板の間を掃除している。
 若衆は盤台を一枚洗い揚げたところで、ふと小僧を見返って、「三公、お上さんはいつごろ出かけたんだい?」
「そうだね、何でも為さん(若衆の名)が得意廻りに出るとじきだったよ」
「それにしちゃ馬鹿に遅いじゃねいか。何だかこの節お上さんの様子が
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