?」と同じことを言う。
お光は喩《たと》えようのない嫌悪《けんお》の目色《まなざし》して、「言わなくたって分ってらね」
「へへ、そうですかしら。私ゃまたどうかと思いまして」
お光は横を向いて対手にならぬ。
為さんはその顔を覗くようにして、「お上さん、親方は何だそうですね、お上さんに二度目の亭主を持つように遺言しなすったんだってね?」
「それがどうしたのさ?」
「どうもしやしませんが、親方もなかなか死際《しにぎわ》まで粋《すい》を利かしたもので……それじゃお上さんも寝覚めがようがさね」
「寝覚めがいいの悪いのと、一体何のことだね? 私にゃさっぱり分らないよ」
「へへへ、そんなに恍《とぼ》けなくたって、どうせそのうちに御披露があるんでしょうから……」と言って、為さんは少し膝を進めて、「ですが、お上さん、親方はそりゃ粋を利かして死んなすったにしても、ね、前々からこういうわけだということが、例えば私《わっし》の口からでも露《ば》れたとしたら、佃の方の親方が黙って承知はしめえでしょう」
「何を阿父さんが承知しないのさ?」
「何をって、金さんとお上さんと一緒になることでなくって、ほかにお前さん……」
「まあ! 呆《あき》れもしない。いつ私が金さんと一緒になるって言ったね?」
「言わないたって、まあその見当でしょう?」
「馬鹿なことをお言い!」
為さんはわざと恍けた顔をして、「へええ、じゃ私の推量は違いましたかね」とさらに膝の相触れるまで近づいて、「そう聞きゃ一つ物は相談だが、どうです? お上さん、親方の遺言に私じゃ間に合いますめえか……」
「畜生! 何言やがる※[#感嘆符二つ、1−8−75]」
お光はいきなり小机の上の香炉を取って、為さんの横ッ面へ叩きつけると、ヒラリ身を返して、そのまま表へ飛び出したのである。
* * *
飛び出して、その足ですぐ霊岸島の下田屋へ駈けつけたお光は、その晩否応なしに金之助を納得させて、お仙と仮盃だけでも急に揚げさせることにした。
底本:「日本の文学 77 名作集(一)」中央公論社
1970(昭和45)年7月5日初版発行
1971(昭和46)年4月30日再版
初出:「新小説」
1905(明治38)年3月
入力:川山隆
校正:土屋隆
2007年2月13日作成
青空文庫作成ファイル:
このフ
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