こか気風の暴《あら》ッぽい者ですから、お仙ちゃんのようなおとなしい娘には、もう少しどうかいう人の方がとそうも思うんですよ」
ところへ、娘は帰って来た。あたりはいつか薄暗くなって、もう晩の支度にも取りかかる時刻であるから、お光はお仙の帰ったのを機《しお》に暇《いとま》を告げたのである。時分時《じぶんどき》ではあり、何もないけれど、お光さんの好きな鰻《うなぎ》でもそう言うからと、親子してしきりに留めたが、俥は待たせてあるし、家の病人も気にかかるというので、お光は強《た》って辞し帰ったのであった。
中洲《なかず》を出た時には、外はまだ明るく、町には豆腐屋の喇叭《らっぱ》、油屋の声、点燈夫の姿が忙しそうに見えたが、俥が永代橋を渡るころには、もう両岸の電気燈も鮮《あざ》やかに輝いて、船にもチラチラ火が見えたのである。清住町へ着いたのはちょうど五時で、家の者はいずれも夕飯を済まして茶を飲んでいるところであった。
「婆やさん、私が出てから親方はどんなだったね?」
「別に変った御様子も見えませんでございますよ。ウトウト睡《ねむ》ってばかりおいでなさいましてね、時々|床瘡《とこずれ》が痛いと言っちゃ目をお覚《さ》ましなさるぐらいで……」
「お上さんが出なさるとね、じき佃の親方が見えましたよ」と若衆の為さんが言った。
「おや、そう。それでいつ阿父さんは帰ったね?」
「つい今し方帰っておいででした。何ですか、昨日の話の病人を佃の方へ移すことは、まあ少し見合わせるように……今動かしちゃ病人のためにもよくなかろうし、それから佃の方は手広いことには手広いが、人の出入りが劇《はげ》しくって騒々しいから、それよりもこっちで当分店を休んだ方がよかろうと思うから、そう言ってたとお上さんに言えってことでした。明日は朝からおいでなさるそうです」
お光は頷《うなず》いて、着物着更えに次の間へ入った。雇い婆は二階へ上るし、小僧は食台《ちゃぶだい》を持って洗槽元《ながしもと》へ洗い物に行くし、後には為さん一人残ったが、お光が帯を解く音がサヤサヤと襖越《ふすまご》しに聞える。
「お上さん」と為さんは声をかける。
「何だね?」と襖の向うでお光の返事。
「お上さんはどこへ行ったんだって、佃の親方が聞いてましたぜ」
「…………」
「私《わっし》ゃ金さんてえ人のとこへ遊びにおいででしょうって、そう言っときましたぜ」
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