校の業を卒へたる年の秋の暮、二子と共に房總の間に遊びたる時の事を追懷して、自から忸怩たらざるを得ず。今や五年ぶりにて、再び二子と吟※[#「筑」の「凡」に代えて「卩」、第3水準1−89−60]を共にし、江湖の外に優遊しける也。
 看れども見えざる細雨を衝いて、香取祠に詣づ。崛起せる丘上、千年の老杉森々として、神さび立てる一宇の古龕、神鈴音なく、樓門の矢大臣も寂しげなり。名にし負ふ櫻の馬場、櫻樹數十章、今を盛りと咲きたれども、惜しや、雨に訪ひくる人もなし。懸崖の上の茶亭に憩ひて、眺望するに、千里模糊として、さながら淡墨の山水畫を見るが如し。脚下の堊壁は津の宮にや。溶々たる大利根の下流、それと知られて、白帆屋上を行く。十六島は一望たゞ平蕪に歸して、徂徠せる雲烟の稍※[#二の字点、1−2−22]絶ゆる處、遙に潮來の市街を見る。千里の眼を座に移せば、圖らずも、萩の舍、巴戟天舍、二先生の筆蹟なほ新らしき二幅竝びかゝれり。まのあたり二先生に對する心地せられ、八九年前、教へをうけし時の事ども思ひ起して、感慨に堪へざりき。
 津の宮の鳥居河岸は、船舶の集散する處也。利根川を上る汽船、下る汽船は更なり、和
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