りて、短艇にのるほどに、雨大いに到りぬ。荷物堆くつみたる上に、十人餘りの旅客、傘をならべて蹲踞す。風荒れ、雨舞ひ、傘端の點滴、人の衣を霑して、五體覺えず寒戰せり。かくて上陸して一旅店に投ず。家は新しけれど、いとせまし。たゞ町の雜沓をはなれたるを取柄に、二階の六疊の一間に、三人火鉢をかこみて、ぬれたる衣かわかしなどす。窓より鋸山を望むに、雲の絶間に、時に寸碧をあらはすのみにて、全山は見るに由なく、雨いみじうして、いつ晴るべしとも見えず。せめて體をあたゝめむとて、午食の膳に、三人鼎坐して、杯を飛ばす。
雨に早く暮れし夕べ、風呂湯ありやと問へば、なしといふに、益※[#二の字点、1−2−22]失望して、數杯をかたむけて止みぬ。かたみに連歌などなしゝが、烏山頭いたむとて、早く臥す。羽衣もわれも床に入りて、一唱一和せしが、はては疲れて眠りぬ。三とせの間、同じ窓にいそみし身の、江湖の外にうちとけて、浮世離れし茅店に川臥して、しづかに雨を聽くも、さすがに興なきにあらず。この夜、連歌したる後の即興に、『雨も心のありげなりけり』と、羽衣下の句を打出だすに、われ、とりあへず、『しめやかに語らふ窓におとづれ
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