に俯す。景勝雄拔、日蓮の英風と呼應して、山川に靈あるを覺えぬ。
天津まで戻り、左折して清澄山に上る。天津より凡そ一里、頂上に清澄寺あり。老樹しげる。こゝは、日蓮の少時修業せし處也。旅店もあり。一泊す。『明日の行先』は『保田』、『昨夜のとまり』は、まさか野宿とも記しかねて、よい加減に、地名と旅店の名とをかきたるは、われまだ年若かりき。
四 鋸山
あくる朝、寺を過ぎて、上ること七八町、最高峯の頂に至りしが、生憎雨にて、眺望を縱まゝにするを得ざりき。清澄山より天津を經て保田に至るの路、凡そ十里、安房の最北端に一貫して、一方は、東海岸に達し、一方は西海岸に達す。安房、上總の境をなせる鋸、清澄一帶の連山の麓を通ることなれば、路は平ら也。
日暮るゝ頃、保田に達しぬ。一昨夜は野宿し、昨夜は人並に宿にとまりたれば、今夜は一風かへて山上の寺にやどからむとて、路傍の茅店に晩食し、提燈かりて、夜鋸山を攀づ。寺のありかが分りかねて、あちこち騷ぎまはる程に、いが栗頭の坊主の來たるに逢ふ。『この夜ふかきに人聲は何事ぞと怪しみて出で來れるなり』といふ。宿からむことを乞へば、われらの服裝を諦視
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