梅の吉野村
大町桂月

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【テキスト中に現れる記号について】

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(例)※[#二の字点、1−2−22]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)待てど/\
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冬は萬物みな蟄す。溌剌たる鯉の如きも、冬、爼の上に載するに、ぢつとして動かずと聞く。人間もこの例に洩れざるが、萬事例外あり。活氣ある人間は、冬とても動く。梅花咲く頃は、春とは云へ、風なほ寒し。梅見には餘程の勇氣を要す。珍らしや、裸男が末斑をけがし居る好文會の幹事より、吉野村探梅の事を報じ來たる。八人の會員、みな揃へば好いがと案じつゝ、新宿驛に至りしが、幹事の槇園君、先づ在り。『鳥野君だけは、家内に病人ある爲め、來たる能はず』といふ。されど、昨夜雨ふりたり。今朝も曇りて、今にも降り出しさうな空模樣也。鳥野君は已むを得ずとして、他の會員が揃へば好いがと繰り返しつゝ待つ程に、旅行家の天隨君來たる。やつとこれにて三人になりたり。その後は、待てど/\、來たるもの無し。いよ/\同行は三人だけなるかと失望せしに、嬉しや、發車間際になりて、斐己大人來たる。發車するに際しても、首を車窓外に出だして見渡したるが、他の會員は終に來らざりき。
 四人ながら雨を豫期して、蝙蝠傘を持ちけるが、境驛に至りて、日出でたり。嬉しとも嬉し。
 國分寺驛までは、驛々みな櫻樹あり。國分寺驛より青梅線に乘換ふれば、梅之に代りて、驛々みな梅花なきは無し。斐己大人は去年吉野村に遊びしことありて、一行の先達たり。『青梅驛に下り、萬年橋を渡りて、ぽつ/\散在せる梅を探りつゝ、吉野村中最も梅花の多き下村に至り、日向和田驛より汽車に乘るが順路なり』といふまゝに、青梅驛に下る。驛を出づるより早く、骨董店が先づ、骨董の癖ある槇園君の眼に入り、つか/\立入る。明き盲目の裸男も、相伴して立どまる。他のものは眼に入らざれど、奧の方に古色を帶びたる瓢箪のかかれるが眼に入り、取出させて見たるに、漆にて赤く塗りたるなりき。槇園君も、あれやこれやと手にとりて見たるが、掘出しものは無かりけむ、共に失望して出づ。甲州裏街道の山の出口に當る處とて、小都會を爲す。街の兩側に櫻あるはまだしも、梅あるは、珍らし。二抱へもあ
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