る青桐、人を容るべき空洞を有し、一丈位より上は切られて、小枝四方に簇出す。一同立止りて、これは珍らしと見入れば、『夏、此木の上にて晝寢したら好からむ』と、槇園君のいふに、一同覺えず打笑ふ。その瞬時は、何故に笑ひしかが分らざりしが、下司の後智慧、よく/\考ふれば、これ一種の機智なりと氣付く。
 町の中程より左折し、行くこと數町にして、萬年橋を渡る。こゝは多摩川の上流也。下流の幅ひろく沙磧大なるとは違ひ、兩崖相迫りて高く、從つて橋より水面まで、餘程の距離あり。清き水、川の全幅を滿たして流る。左右の山も近くして、橋をして一層の幽趣を帶ばしむ。
 青梅はまた山間の市街也。萬年橋を渡りては、全くの山村也。珍らしくも、また骨董店といふよりは、古道具屋といふべき店あり。例の槇園君ちよつと冷かして、直ちに去る。斐己大人の言ひし如く、ぽつ/\梅あり。多くは長大也。中には一本か、三本合したるものなるかとさへ疑はるゝ大木もあり。幾たびか溪に架せる橋を渡る。左に小學校を見、右に村役場を見て、始めて梅の本家なる下村に達す。老木、屋よりも高く、相連なりて林を爲す。その間に家あり、畑あり。一段高まれる天滿宮より更に上りて、小山の頂に上れば、梅の一村、脚下にあり。四面山に圍まれて、眼界は廣からざれども、また狹くもあらず。掛茶屋に休息して、各※[#二の字点、1−2−22]辨當を取出す。天隨君を除きては、皆瓢箪を攜へたり。斐己大人のは一合入、槇園君のは二合入、裸男のは六合入、一行の醉を買ふには不足なし。氣づかひし空、霽れ盡して雲なし。風もなくして、日暖か也。この好天氣なるを、この香世界の美觀あるをと、思ひ期せずして來會せざる人々の上に飛ぶ。繪葉書を送るとて、裸男駄句りて曰く、
[#天から2字下げ]來ぬ友を惜む梅見の日和かな
 山を下れば、老樹最も繁き處に、掛茶屋あり。老婆客を呼ぶ。『櫻は遠く眺めても可也。梅は近く接して、其の枝ぶりを見ざるべからず、其の香を嗅がざるべからず。酒は此處にて飮むべかりき』と、裸男覺えず口走れば、『然り/\』と、槇園君相槌打つ。香雪を上に見つゝ行く程に、梅鶯軒に至る。赤毛布敷ける腰掛臺に腰掛けて、茶を飮む。見渡す限り、梅又梅、その盡くる所を知らず。櫻は吉野村、梅は月瀬、これ天下の公評也。この下村も市町村制布かれてより、櫻の吉野に取りて、吉野村の總稱を冠し、この頃また梅の月瀬に
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