近郊にては、多く玉川上水の水をひけり。玉川上水は、啻に東京市内に入りて、飮用に供せらるゝのみならず、用水として田に引かるゝもの、二十餘處の多きに及べり。
 簸川平原は、山陰道にては第一の平原なるが、西風つよければ、この平原の農家は、西方に一列の木立をひかへたるのみにて、明るし。武藏野の農家は、四面に木立を帶ぶるを以て薄暗くして陰鬱也。東海道は、東京より神奈川に至るまで、幾んど家つゞきなるが、木立はつゞかざれば、路は明るし。甲州街道は、東京より七八里の間、家つゞきにして、兼ねて森林つゞきなれば、太だ陰鬱也。冬は日光あまり當らずして、雨餘の路惡るけれど、その代りに、夏は凉し。街道には、多く竝木あるものなるが、甲州街道の如き、森林つゞきの街道は、稀に見る所也。村路に至るまでも、路幅は廣し、東郊の低地は、路明るけれど、西郊の臺地は、樹林を帶びて、路何となく陰氣也。[#「陰氣也。」は底本では「陰氣也」]
 農家の帶びたる樹木には[#「樹木には」は底本では「樹本には」]、欅多し。凡そ東京近郊の臺地ばかり、欅の多き處は天下幾んど其比なかるべし。中にも欅の竝木の見事なるは、府中の大國魂神社(六所明神)
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