富士、及び甲相の連山を望み、前に多摩川を隔てて、武藏野を見渡す。立川の普濟寺、偉大なる玉川の砂磧を見下ろして、遙に富士を仰ぎ、甲武の山を望む。荒幡の新富士、東村山の停車場より二十餘町にして達す、狹山の連山を見下ろし、四方に關東八州を見渡す。以上の六箇處、われ名づけて東京の六大眺望と稱す。この外、大森の八景園、池上の本門寺、道灌山、飛鳥山など、可成りの眺望あり。小利根川口の蘆花、舊神田上水流域の新緑、いづれも見るべし。小利根と荒川とに於ける白帆も、關東に於ける美觀也、否、關東平原の一特色也。東京の紳士が一夜どまりの贅澤をなさむとせば、南に大森、池上、羽田、東に向島、北にやゝ遠くはなれて大宮の氷川公園あるべし。
市内より近郊へかけて、人造の富士山多きも、東京の一特色也。試みにざつと數へて見むに、深川八幡、砂村の元八幡、品川神社、千駄ヶ谷の八幡、護國寺、高田の水稻荷、落合村、中里村、中目黒、境公園、駒込などにあり。いづれも、數丈の高さにつみ上げたるものなるが、その中にて、荒幡の新富士が比較的に最も大也。
以上、地名の臚列、或ひは、遠足と自然美との趣味を解せざる者には、面白からざるべし。されど、もし時節柄、納涼を思はば、瀧の條に注意すべし。遠足と自然美とに趣味を有する者は、請ふ、參謀本部刊行の二十萬分一の地圖と二萬分一の地圖を求めて、對照せよ。
余は常に地圖をひろげて、視て樂しむ。臥遊とは、これにや。一窓の風雨、曾遊の跡をたどりて、記して同好の士に示すもの也。[#地から1字上げ](明治四十年)
底本:「桂月全集 第二卷 紀行一」興文社内桂月全集刊行會
1922(大正11)年7月9日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:H.YAM
校正:門田裕志、小林繁雄
2008年11月28日作成
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