雲峡は石狩川の有する一大偉観なるが、その鬼神の楼閣と思わるる巌峰は、大雪山の腰なれば、大雪山の有する一大偉観なりといいても可也。
 鬼神の楼閣を下より眺めたるのみにては、普通遊覧の域也。山水に徹底せむには、その楼閣の上に登りて、大雪山の頂を窮めざるべからず。しかるに塩谷温泉の人々とても、ここより登りたることなし。さすがの嘉助氏もここよりは登らず。よしよし、楼閣の割れ目の沢を登らば、登られぬことなしと見当を付け、昨日の一行に、榊原与七郎氏という測量家と人夫とが加わりてまさに発せんとせしに、水姓吉蔵氏|※[#「馬+風」、第4水準2−92−39]然《はんぜん》として来る。留辺志部小学校の校長なるが、幾度も登攀して大雪山を我庭園の如くに思えり。余が大雪山の登攀を企つと聞き、嘉助氏という豪の者を伴えりとは思いもかけず、あるいは目的を達すること能わざるべきかと危ぶみ、自から進んで嚮導とならんとする也。余好意を謝してその容貌を見るに、魁偉《かいい》にして筋骨|逞《たくま》しく、磊落《らいらく》にして豪傑肌なる快男児也。いよいよ心強く覚ゆ。氏とても塩谷温泉より登りたることなきが、どの沢でも登らば登らる
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