層雲峡の楼閣脚底に落ちて、留辺志部平原も見ゆ。偃松いつしか尽きて、ここに黒岳の一峰の上に立てり。さても大雪山の頂上の広きこと哉。南の凌雲岳、東の赤岳、北の黒岳の主峰など、ほんの少しばかり突起するだけにて、見渡す限り波状を為せる平原也。その平原は一面の砂石にして、処々に御花畑あるのみにて、目を遮《さえぎ》るものなきのみならず、足を遮るものもなし。少し下り、凌雲岳を右にして行くに、お花畑連続す。千島竜胆は紫也。雪間草は白也。小桜草は紅也。兎菊は黄也。梅鉢草、岩桔梗、四葉塩釜など一面に生いて、足を入るるに忍びざる心地す。石原の処には、駒草孤生す。清麗にして可憐なる哉。これが高山植物の女王なるべしといえば、水姓氏|頷《うな》ずき、嘉助氏も頷ずく。広義の高山植物は樹木をも含めるが、狭義の高山植物は草花也。その草花の長さ一、二寸、大なるも四、五寸を出《い》でず。その割に花は大にして、その色の鮮麗なること、底下界の花に見るべくもあらず。余は大雪山に登りて、先ず頂上の偉大なるに驚き、次ぎに高山植物の豊富なるに驚きぬ。大雪山は実に天上の神苑也。
 大雪山群峰の盟主ともいうべき北鎮岳の頂に達して、さらに驚
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