し。山上の寒さは挙ぐる火に消えたり。鍋の飯も出来たり。下戸は先ず食う。上戸は酔うて陶然たり。十九夜の月出ず。火炎高く昇れるが、火炎の中に数十条の赤線直上し、その末火花となりて、半天に四散し、下界の煙火などには見られざる壮観を呈するに、酒ますます味を加う。天幕は張らずに敷きて、一同その上に臥《ふ》す。焚ける火が一同の掛布団也。
三 大雪山の第二夜
塩谷温泉の連中は、日帰りの出来るぐらいに思いて、食物も十分に用意せず、草鞋《わらじ》も代りを持たず。さしあたり草鞋を作らざるべからずとて、材料を求むるに、綱、縄などのみにても間に合わず、我一行より不用なる手拭、風呂敷などを与えたるに、嘉助氏と温泉の人夫とが、四足の草鞋を作れり。いざとて偃松帯を上る。根曲り竹ならば、押分け押分けて上らるべし。偃松は押分くること能わず。手にてその枝を攫《つか》み、足にてその枝を踏みて、斜に上るの外なし。上るに従って、偃松小さくなり、傾斜|緩《ゆるやか》なる処に至りて、低く地に偃《ふ》す。その上を踏みて行くを得べし。うれしや、偃松を踏みて行くを得るようになれば、頂上は遠からざる也。四面の眺望も開けたり。
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