たる快男児、旭川市を根拠として嚮導を求めしに、成田嘉助氏という豪の者を得たり。植木を業とせるが、年来盆栽になるべき珍木を巌壁の間に求めんとて、数日の糧を齎らし、ただ一枚の油紙を雨具とし、鉈《なた》の外には、何も利器を持たずして、単身熊の巣窟に入り、険を踏み、危を冒して、偃松《はいまつ》の中に眠り、大雪山は言うに及ばず、化雲《かうん》岳を窮め、忠別《ちゅうべつ》岳を窮め、戸村牛《トムラウシ》岳を窮め、石狩《いしかり》岳を窮め、硫黄《いおう》岳を窮め、十勝《とかち》岳を窮めて、北海道の中央に連亙せる高山には足跡到らぬ隈もなし。今一人と求めしに、前川義三郎氏とて、豆腐屋を業とせるが、山登りが好きなれば、人夫賃を雇賃に充てて、豆腐を製造する人を雇い、喜び勇んで、我が人夫となれり。
 旭川中学校より天幕を借り、数日の米を用意して、旭川駅を発し、比布《ぴっぷ》駅に下りて徒歩するに、路は真直にして、その尽くる所を知らず。家は見えずして、きりぎりすの声左右に満つ。下愛別に至れば、小市街を成す。三人の幼児の乗りたる箱車を牽《ひ》く犬もあり。石狩川の水を引ける掘割の傍に宿屋ありけるが、小熊を鉄鎖にて木に繋
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