が十五丈も高き也。ついでに附近の諸岳の高さを記さむに、我立てる白雲岳が第三位にて、七千三百五十七尺、戸村牛岳が七千六十五尺、凌雲岳が七千三十二尺、赤岳が六千八百五十七尺、石狩岳が六千五百七十三尺、黒岳が六千五百四十九尺、忠別岳が六千四百七十七尺、化雲岳が六千三百四十九尺也。
下って御花畑に逍遥せしに、微雨至る。去らむとすれば霽《はれ》る。もとの路を取りて、昨夜野宿せし跡を左に見下し、前に見し北鎮岳を左にし、終に後にして、雲の平を南に下れば、熊ヶ岳崛起して、十町四方の火口を控えたり。風を巌陰に避けて午食し更に南に下れば、大雪山一頓しかけて、旭岳を起す。二峰となりて、東なるは低く、西なるは高し。雪田を踏み、砂礫を攀《よ》じて、二峰の中間に達し、東峰を後にして、西峰を攀ず。砂の斜面急也。五、六歩ごとに立ち留まりて、五つ六つ息をつく。山に登るに急げば、苦しくして、疲れ易く、持久力を失い、風景も目に入らず。さればとて、度々腰を卸《おろ》しては、路あまりに捗らず、疲れ切っては、休息しても、元気を恢復すること難し。疲れぬ前に、ちょっと立ち留まるだけにして、息を大きく吐き、腰を卸さずに、徐々として登れば、苦しきことなく、疲れもせず、持久力を失わずして、風景を味うことを得べし。口に氷砂糖を含まば、なお一層元気を失わざるべし、立ち留まること百回にも及びたりけむ。頂上に達して、始めて腰を卸す。頂上は尖れり。西面裂けて、底より数条の煙を噴く。世にも痛快なる山かな。大雪山の西南端に孤立して、円錐形を成し、峰容大雪山の中に異彩を放つ。眺望も北鎮岳と相伯仲す。ここにては大雪山の頂の大なることを見る能わざるが、南より西へかけての一帯の台地に、姿見の池を始めとし、多くの小湖の散在せるを見るを得べき也。
南に下り、姿見の池を右にして、渓谷の中に入る。天地は椴松《とどまつ》と白樺とに封ぜられたり。渓即ち路也。水、足を没す。膝までには及ばず。岩石あれば、岩石より岩石へと足を移す。沢蟹がおりそうなりとて、嘉助氏石を取りのけしに、果しておりたり。一同傚いて、行く行くこれを捕う。大さ一寸|乃至《ないし》二寸、身は蝦《えび》にて、螯《はさみ》だけが蟹也。この夜、渓畔に天幕を張り、これを煮て食う。旨しとは思わざるが、ともかくも余には初物也。天麩羅《てんぷら》にすれば旨《うま》しと、嘉助氏いえり。午前二時目覚む。雨の音を聞く。ことことと鍋の動く音をも聞く。雨が動かすに非ず。風が動かすにも非ず。熊にや、狐にや、狸にや。嘉助氏咳して、目覚めておる様子なれば、問いて見たるに、木鼠《りす》なりといえり。うとうとして、三時半目を開きしに、樹影天幕に映れり。うれしや、雨止みて、月出でたる也。
次の日も渓の中を行くに、渓の幅次第に広く、水次第に多し。幣の滝を下り、二、三十人を立たしむべき磐石の上に立ちて、滝を見上ぐ。十丈もあらむ。飛沫日光に映じて、虹を現わす。瀑の左に直立せる絶壁の面に穴多く、岩燕出入して、虹の中に舞えり。渓ますます広し。虎杖《いたどり》人より高く、蕗《ふき》も人より高し。おりおり川鳥ききと鳴きて、水面を掠《かす》む。雀を二倍したる位の大《おおい》さにて、羽の色黒し。この鳥陸上に食を得る能わず。さればとて、水掻《みずかき》なければ、水にも浮べず。木にとまらずして、巌にとまり、横に渓上を飛び、魚を見ては、水中にもぐり込む也。二見の瀑を下りて顧《かえりみ》れば、二段になりて、上段は一丈、下段は三丈もあらむ。幣の滝より低けれども、水量多くして、勢壮也。
およそ四時間にして、渓中を出でたり。蝦夷松の林開けて、瓢沼、瓢の形を成す。毛氈苔《もうせんごけ》一面に生いて、石を踏み尽したる足の快さ言わん方なし。岸に近く、浮草にすがりて、一羽の蜻※[#「虫+廷」、第4水準2−87−52]《とんぼ》の尾を水面に上下するを見る。卵を生むにや。試《こころみ》に杖にて追いて見たるに、逃げむともせず。子孫のために、己れの命を顧みざる也。
天神峠に至りて見下せば、絶壁直立すること、千尺にも余れり。これを下るかと思えば、心自ら悸《とどろ》きしが、熊笹や灌木を攫《つか》みて、後向きになれば、下られざるにもあらず。半頃より左に近く羽衣の滝を見る。下りて見上ぐれば、高い哉《かな》。八十丈と称す。直下せずして、曲折するが、日光の華厳《けごん》滝よりは遥《はるか》に高き也。この滝の水、落ちて間もなく、忠別川に入る。川に沿い、数町下りて、松山温泉に投ず。忠別峡中の一軒屋也。ここより旭川までは、一日の行程也。幾度も忠別川を徒渉せざるべからざるが、ともかくも道路あり。旭川まで歩かずとも、美瑛《びえい》駅に至れば、汽車の便ある也。松山温泉より旭岳に登るには、人の踏み付けたる跡あるのみにて、道路なく、大部分は渓水の中を
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