新武藏野の櫻
大町桂月

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【テキスト中に現れる記号について】

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「睹のつくり/火」、第3水準1−87−52]

 [#…]:返り点
 (例)竹惹[#二]春愁[#一]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)然り/\
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相手は變れど、主は變らず。昨、夜光命の手にせし四合入の瓢箪、今日は十口坊の手に在り。裸男は例の三合入の瓢箪を手にして、新宿の追分より、京王電車に乘る。線路をはじめは甲州街道に沿ひしが、やがて舊玉川上水に沿ふ。沿ふより間もなく、天神橋の手前の右に近く可なり大なる銀杏あり。凡そ二抱へもあらむと思はるゝ一本の幹の、二三丈上よりは、數十百條となりて直立す。裸男、十口坊を顧みて、『あれ見よ、一種無類の銀杏に非ずや』と云へば、『然り/\』と云ふ。『竹箒に似たらずや』と云へば、『當れり/\』[#「『當れり/\』」は底本では「『當れり/\」]と云ふ。『箒銀杏と命名したらば如何に』と云へば、『好からむ』と云ふ。『そこで一首、
[#ここから2字下げ]
名にしおはば都の空のちりほこり
  箒銀杏の掃くよしもがな
[#ここで字下げ終わり]
この歌はどうだ』と云へば、何とも答へず。
 笹塚に下りて、甲州街道を行く。酒は瓢に在り。何か肴なかるべからずとて、目を兩側に注ぎつゝ行きしに、一店に小さき干鱈あるを見付く。『あれはどうだ』と云へば、好物の干物、もとより異議なし。價を問へば、僅に四錢、白銅貨一つにて、一錢餘る。今一錢足して、干鱈と佃※[#「睹のつくり/火」、第3水準1−87−52]とを買へり。
 和泉新田火藥庫の土手を右に見て、代田橋を渡り、凡そ十町にして右折し、玉川上水を渡れば、龍泉寺あり。門前を左折し、吉田園の前を過ぎて、玉川上水の左岸を行く。櫻花列を爲す。新武藏野の櫻とは、是れ也。一に玉川上水べりの櫻とも稱す。上二三里にして、小金井の櫻に接す。小金井は山櫻、こゝは吉野櫻、種類は異なれども、櫻花、上下三四里の間に連なる。小金井の山櫻は見事也。東京附近、山櫻の見るべきは、小金井のみ也。こゝを始めとし、東京の櫻は、幾んどみな吉野櫻也。花を別にして、唯※[#二の字点、1−2−22]場所を比較
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