すれば、同じく上水べりながら、小金井は岸高く、兩側は人家や樹林に封ぜらる。こゝは岸低く、あたりに人家なく眺望開けて、晴れやか也。而も未だ多く世人に知られず。花は盛りなるに、我等二人の外には遊客なし。又遊客を待つ設備もなし。それ故の酒肴持參、『どれ一と休み』と芝生に腰をおろす。干鱈は、そのまゝ食ひてもよけれど、成るべく火にあぶりたしとて、枯枝を焚きて、之をあぶる。燃え殘れる火は、十口坊が自家所有の天然ポンプにて消しとめたり。そのあぶりたる干鱈と佃※[#「睹のつくり/火」、第3水準1−87−52]とを肴にして、瓢酒を傾く。一杯一杯また一杯、※[#「酉+它」、第4水準2−90−34]顏櫻花と映發す。
上流を窮めて、小金井にまで達したけれど、裸男はこの日、西園寺侯の催せる雨聲會に行く約束あれば、酒食終ると共に、引返す。十口坊は、裸男の頻に考へ込むを見て、『何の思案』と問ふに、『外の思案でもなし。今夕席上にて書く詩を案じたるが、やつと出來上れり。一つ聽いて呉れ給へ』とて吟ずらく、
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十歳重登舊酒樓。哀絲豪竹惹[#二]春愁[#一]。當年意氣依然在。滿座唯見多[#二]白頭[#一]。
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[#地から1字上げ](大正五年)
底本:「桂月全集 第二卷 紀行一」興文社内桂月全集刊行會
1922(大正11)年7月9日発行
入力:H.YAM
校正:門田裕志、小林繁雄
2008年8月26日作成
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