水戸觀梅
大町桂月
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【テキスト中に現れる記号について】
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(例)[#地から1字上げ](明治四十四年)
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(例)薄々酒優[#二]茶湯[#一]
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(例)をり/\
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四人の切符の赤きを合はせて、紅梅の花に一片足らずと洒落れたる次第にあらず。されど、日曜の回遊列車の半額なるをさけて、土曜にくりあげ、日がへりの急がしきにならはで、『暗香浮動月黄昏』の趣を賞し、『月明林下美人來』の趣をも賞せむとする心根は、花神も汲まるべくや。路づれは三人、臨風となし、天隨となし、蝶二となす。
竹外橋畔、殘んの雪にはあらず。清香までおくり來たるに、水戸の花信もそれと知られ、汽車の進行の早きを憾みしが、何の風情もなき停車場に、來る汽車を待ち合はさざるを得ざる單線の不便さ、じれつたさ。水戸に十一時過ぎに着くべき筈のものが、一時間ばかり遲れて、十二時過ぎに着きたり。汽車を下らば、先づ午食をなど話しあひしが、さて汽車を下りて見れば、未だ花を見ざる中は、食する氣にもならず。先づ、第一公園へとて、車を飛ばす。
上市を行き盡して、萠えそめたる麥生かなたに一帶白くたなびけるは、花か雲かと云ひたきをなど考ふる間もなく、車は早くも梅林の中に入りぬ。極目その幾千株なるを知らず。而してその滿開なるもうれしく、車夫氣をきかして、走ることをやめて、徐行せしもうれしかりき。好文亭畔に車を下りて、歩して樂壽樓に至り、その三層樓に上る。千波湖、脚下にあり。矚望甚だ佳なり。
仙奕臺とて、腰かけに代ふべき石の碁盤と將棋盤とを置きたるは、反つて俗意あり。仙湖碑畔の崖を下れば、崖下一帶に梅多し。人は清香を浴びつゝその間を縫ひて、常磐祠下の料理屋に投じ、淺酌して午食す。湖に面したる三階の上の、厭かぬ眺めはあれど、第二公園の梅に心ひかれて、醉歩蹣跚として去る。
上市の北端、舊城址の一隅、梅はなほ昔ながらの香に匂へり。これを第二公園となす。第一公園は三萬坪あり。こゝは一萬七千坪に過ぎず。且つ第一公園のごとき眺望はなけれど、なほ梅花堆裡に弘道館の跡あり、孔子廟あり、鹿島祠あり、警鐘の樓あり、蕭散なる閑地なり。
是に於て、梅花の觀は終りぬ。東京の附近の諸梅園の比にはあらざれども、余は
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