、百に下らず。一々拜みゆけば、頭のあがる遑なし。世に叩頭蟲を學ばむとする人の稽古には、至極便利よき山也。
男峯の麓に掛茶屋あり。もと五軒ありしが、其中の向月、放眼の二亭はこぼたれ、迎客、遊仙の二亭は鎖され、依雲亭のみ店を張れり。茲に夫婦餅をひさぐ。その餅は、團子を平たくつぶしたるが如きものを竹串に刺し、之に田樂を添へたり。何故に夫婦餅といふかと問へば、田樂と合せて食へばなりといふ。蓋し男體、女體に思ひ合せたる俗人の考へ也。
こゝは女體山と男體山との間なれども、女峯には遠くして、男峯に近し。御幸原の稱あれど、峰脈の上の一小地に過ぎず。こゝより數町上りて、男體山の頂に達す。密雲脚下を封して眺望なし。同遊の横山子、これより水戸に赴かむとて、下館を指して、西に椎尾に下らむとし、澤田子と余とは、立身石を見て、南に筑波町に下らむとす。さらばとて、山頂に手をわかつ。天風、雲を送つて、夕陽影ひやゝかなり。一首の腰折を作る。
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呼びかはす聲も霞に消えゆきて
夕影寒し男筑波のやま
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下りゆく程に、余等遂に路を失ひぬ。澤田子、後ろに在りしが、忽ち脚を失
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