。されど、知らず、戰爭すみても、なほ繁昌するや、否や。數町ゆきて左折し、桃林の中をゆけば、櫻の竝木の奧に、金乘院あり。仁王尊滿身に紙丸をうけ、左のは、うんと、力みながら、あはや倒れむとす。寺へ入らず、山門につきあたりて、左すれば、集樂園に達す。これ實に關東第一流の公園也。
浮世は金也。野田の一醤油製造屋の隱者の發起にて、近年開かれたる處、座生沼に臨める高臺の竹藪變じて、庭園となり、櫻あり、松あり、所謂八村の桃を見渡すといふ圓錐丘も沼畔に聳ゆ。座生沼は、長さ一里、幅は五六町なれども、規則正しき長方形ならずして、出入あれば、眺望は可成りにひろし。四周の岸高くして、『山の湖』の趣を有す。崖を下れば、遊覽の舟あり、以て沼に浮ぶべし。鳰くゝと鋭く鳴きて、諸處に浮きては沈む、俗にむぐツてうといふ鳥也。この鳥、都に近き處にては、井の頭池、三寶寺池などにも棲めり。園は、ひろからねど、瀟洒也。休憩宿泊に供する亭もあり。『山の湖』の趣ある沼と、眺望の佳とを、こゝの特色とす。余は、水戸の常磐公園よりも、むしろこの園の自然の趣あるを取らむとす。
[#天から2字下げ]沼ばかり殘して八村桃の花
桃の八村とは、
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