てやどる。
江戸川の左岸、二三里をへだてて、流山は味醂酒にあらはれ、野田は醤油にあらはる。口には、味醂酒と思へど、野田は、八村みな桃なる一大美觀をひかへたる處也。
あかつき、野田の宿を出でむとすれば、春雨蕭々たり。學生の頃、旅行するに着慣れたるもの也、傘よりはとて、菅笠とござとを買ひて、雨を凌ぐ。冷金子は、蝙蝠傘をもてり。
町の北端に、愛宕祠あり。富家の多き町の鎭守とて、凝つた構造也。境内を愛趣園と稱す。噴泉を瀧にたらして、小池あり、藤棚あり、種々の老木あり。野田の町に相應したるだけの公園也。祠後に、勝軍地藏あり。近き堤臺には、子育地藏ありて、その名の如く、子育の御利益ありしが、いつしか、徴兵除けといふ不屆千萬なる御利益加はりて、可成り繁昌せし由也。されど、いよいよ日露戰爭はじまりては、徴兵除けでは間に合はず。こゝな地藏尊は、鐵砲除けの御利益ありとの事にて、祈願者多く、いよ/\御利益あらはれ、愚俗が隨喜渇仰の涙したゝりて、幾萬圓の寄附金となり、やがて、改築せられて、裏店ずまひの地藏尊、一躍して大廈高樓に移り替へし給ふべき由は、金額と寄附者の名とを記せる張札の夥しきにても知られたり
前へ
次へ
全12ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
大町 桂月 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング