の停車場より馬車にのりて、野田に赴かむとするに、馬車今來しばかりにて、まだ時間がありさう也。久伊豆神社を訪ひて、路にて待ちあはさむとて、急ぐ路なれば、人力車を走らす。十餘町の程也。元荒川の左岸に、森林を爲す。鳥居より社前まで可成り長し。祠畔、小池にのぞみて、藤の老木あり。車夫に向ひて、粕壁にも、藤があるさうながと云へば、房の長さは、どちらも五六尺に及ぶ、されど、こなたには、池あるが勝れりといふ。これから、野田へ桃見に行かむとするなりと云へば、桃は越ヶ谷が第一也、野田はつまりませぬと打ち消す。我が住む里の自慢は、自然の人情なるべし。車夫の言ふに任せて、野田街道の橋畔の菓子賣る家に休息して、馬車の來たるを待ち合はす。人家に近き處なれど、一羽の鷺、悠然として淺瀬に立てるは、珍らしやと、茶をのみつゝ、見入る程もなく、がた/\と音して、馬車來たる。乘らむと待ちかまふれば、一人なら乘れるが、二人なら乘れぬといふ。やれ/\、仕方なし。二里半の程なり、歩いて行かむと、冷金子をうながしたてて、歩を進め、松伏、金杉を經て、利根川をわたれば、日暮れたり。路の兩方には、桃林あれど、明らかならず。野田の町に入り
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